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zoom RSS 見ぬ叔父に捧ぐ その六 軽籠 最終章

<<   作成日時 : 2016/08/16 20:53   >>

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古式手打ち
霧島蕎麦處かわぐち
鹿児島県霧島市霧島田口2638−249
☎ 0995−57−4321
店主 川口穰
出身は北九州市八幡東区(旧八幡市立槻田中学校卒業)
おそばは練込以外全て蕎麦粉と水のみで打ち上げています。

昭和16年に支那で死亡。
旅好きで文学青年のような気がします。

見ぬ叔父に捧ぐ 其の六
軽籠 最終章
 ところが満面得意の私の歩調が何の為であったか一寸
緩む間に後から牽れて従いてきて居た牛の前進の角が
私の尻に突きかかったことがある。

愕然とその場にへたばった私は勿論大声あげて泣きわめき、
側を通る人の輪をつくった。その中の一人が、件の個所を
よく検べるのであるが、一向損傷を見出すことが出来ぬといふ。
しかし当の私は何となう突れた尻が痛むのである。最前迄の孝心も
聊怪しくなって、へたばった座から梃子でも動けぬと攵喚くので、
據無ない母は、松の日陰を選んで私を連れ行き、車に積んである
西瓜を割って、大いに私の労をねぎらって呉れたのである。
この論功行賞は実に私の胃の腑を満足させると共に涙線の刺激性を
緩和させるのに充分であって、勿機嫌を差戻した私は一行の殿を
辛ふじて勤めたのである。

 それには愈々坂道を抜けて町中に入れば、饂飩や寿司の
饗宴がある慣しであることもあづかって、私の元気を鼓舞するのに
役立って居たのであらう。牛も又、前非を悔ひるかのように黙々と母に
従って事なきを得た。

 この春彼岸、故郷に展墓のため帰来し、壇那寺の有る芦屋から在所の
墓地まで自動車に揺れて居ると、無花果紙上で玉桜さんが言はれたように、
矢張り故山といふものは真に有難いものだと染々想ふものである。
そういへば今通って居る松林の中のこの道では、丹誠こめて作り上げた
作物を芦屋の町に売りに出すために牛車を牽いて通った昔もあったものだと
今更に思ひ出も色まさって来るかのようであった。

ふるさとの山に 向ひて 言う事なし
   ふるさとの山は ありがたきかな 啄木

長文お読み戴き有難うございました。

 私が墓参りに行くころは松林もなく
旧我が家の前に墓地があり山田峠から
歩いた記憶が有ります。小川にはメダカが
泳いでのどかな田園風景でした。

 叔父(父の弟)が言うのにお前の親父が
金を使い果たし残ったのは墓だけと。
この一帯が我が家の持ち物だったのかと。

 墓参りに行くと正勝叔父を想います。
一度も会ったことのない叔父です。
きっと優しい叔父だったと思います。

有難うございました。

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